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静岡地方裁判所 平成元年(ワ)416号 判決

原告

松井邦守

被告

平井三和子

主文

一  被告は、原告に対し、金八六〇万九九七七円及びこれに対する昭和六二年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二八二七万五六八七円及びこれに対する昭和六二年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)により、原告は、後記傷害を受けた。

(一) 日時 昭和六二年六月三日午後一時二五分頃

(二) 場所 藤枝市高柳一丁目二〇番三七号地先道路(市道交差点)

(三) 加害車両 被告の夫の訴外平井保夫所有の自家用普通貨物自動車(車両番号、静岡四〇か七〇七一)

(四) 右運転車 被告

(五) 事故の態様 原告が、原告所有の自家用自動二輪車(車両番号、静岡こ四七一七)を運転し、藤枝市大東町方向から同市築地方向へ進行し、右交差点にさしかかつたところ、同交差点を同市田沼方向から同市大東町方向に右折してきた被告運転の加害車両前部が原告運転の車両前部に衝突したものである。

2  責任原因

被告は、交通整理の行われていない右交差点を右折するに際し、左右の安全確認を十分になし、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにもかかわらず、右方に対する安全確認不十分のまま漫然と発進、右折を開始した過失により、右方から進行してきた原告運転の車両の前部に加害車両前部を衝突させたものである。被告は、民法七〇九条により、原告の被つた後記損害を賠償すべき義務を負う。

3  原告の被害

原告は、本件事故により、左大腿骨々折、左足関節外果骨折、左膝拘縮、左足関節拘縮、左手関節内骨折等の各傷害を負い、昭和六二年六月三日から同年七月一五日までの四三日間藤枝市立志太総合病院整形外科に、同年七月一七日から同年一〇月三日までの七八日間焼津市立総合病院整形外科に各入院したものである。更に、原告は、治療のため、昭和六二年一二月一日から同月二三日までの二三日間、同じく平成元年四月一日から四月五日までの五日間、焼津市立総合病院整形外科に入院したものである。この他、原告は、昭和六二年一〇月五日から平成元年四月二〇日までの間、焼津市立総合病院整形外科に通院し、治療を受けたものである。(実治療日数五六日間)

4  一部示談の成立

原告と被告は、昭和六三年三月二二日後遺障害に係る損害を除き左記如く一部示談をした。

(一) 被告は、原告の本件事故における人身損害に対して抜釘術までの総損害額より既払額を差し引いた金一五〇万円を示談金として支払う。

(二) 抜釘術に係る治療関係費、その他賠償金及び医証により確定の場合の後遺障害賠償金については別途示談する。

5  損害

原告は、後遺障害について左記損害を被つているので、被告は、同損害額を賠償しなければならない。

(一) 後遺障害に伴なう逸失利益 金二〇八七万五六八七円

(1) 原告は、焼津市立総合病院整形外科の福岡重雄医師によつて、前記した各傷害についての症状が、平成元年四月二〇日をもつて固定したと診断されたが、原告には左記の如く後遺障害が残存する。

(イ) 左膝の屈曲が制限されていて、正坐が不可能である。

(ロ) 左足の踵の骨が本件事故により欠損してないため左足首が強直し、痛みがあるので、歩行も一〇〇メートル位しかできず、走ることは不可能である。又痛みのため階段の昇降も制限されている。

(ハ) 左手首が痛く、力が入らず、重量物を持つことが不可能である。ちなみに原告は左ききである。

(ニ) 左足手術のため、臀部の左部分を三回切りパイプを入れて手術したため、その部分に長さ一〇センチメートルの手術創瘢痕があり、常時痛みが存在する。

(2) 原告は、右の如く痛みを伴なう頑固な神経症状と左膝関節と左足関節に著しい機能障害が残存するものであり、右各後遺障害は、少なくとも自賠法施行令第二条の後遺障害別等級表の第九級に相当するものであり、労働喪失率は、三五パーセントとするのが合理的である。原告は、症状固定日現在、満二二歳である。原告は、本件事故当時静岡県榛原郡榛原町静波の玩具屋「ハローマツク」に勤務していたものであるが、この事故のため同店をやめざるを得なかつた。賃金センサス昭和六二年第一巻第一表によると男子労働者の学歴計の満二二歳に相当する平均年収額は金二五六万七五〇〇円であるので、原告の場合これを用いることにする。原告は、満二二歳から満六七歳までの四五年間稼働すると考えられるから、ホフマン方式により中間利息を控除して後遺障害に伴なう原告の逸失利益を計算すると金二〇八七万五六八七円となる。

金二五六万七五〇〇円×〇・三五×二三・二三〇七≒金二〇八七万五六八七円

(二) 後遺障害による慰藉料 金五四〇万円

原告には、前記した如き各後遺障害が残存するが、若い原告にとつて生活上の障害が種々あることは、まことに苦痛である。後遺障害による慰藉料としては金五四〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 金二〇〇万円

本件事故による原告の後遺障害の損害は、莫大なものであるにもかかわらず、被告は、これを争つている。そのために、原告は、本訴を静岡県弁護士会所属の弁護士大橋昭夫に委任せざるを得ず、被告に負担させる弁護士費用は金二〇〇万円が相当である。

6  結論

よつて、原告は、被告に対し、右損害額合計金二八二七万五六八七円及びこれに対する昭和六二年六月三日(本件事故日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実及び主張は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は不知、その主張は争う。

三  被告の主張

1  被告は、平成元年五月二四日、原告に対し、後遺障害に伴う逸失利益の損害の内金として金五〇万円を支払つた。

2  原告の進行道路の速度規制は、時速四〇キロ制限であるところ、本件事故時の原告運転の車両の速度は、時速五〇キロから六〇キロのスピードであり、また、原告は、本件交差点を通過する以前に被告運転の車両の存在を認めていた事情にある。

したがつて、本件事故発生について、原告には速度違反及び前方不注視の過失があり、原告の過失割合は二割が相当である。

3  原告の後遺症のうち、左足の可動域制限は、足関節の背屈が右足の半分となつているものの、膝の屈曲制限は一〇度から一五度程度であり、また、骨折部位二カ所の骨癒合はいずれも良好である。

したがつて、原告に残存する後遺障害の主なものは、左膝関節・左足関節及び左手関節の疼痛であり、この疼痛が原因となつて、足関節の背屈及び膝関節の屈曲に軽度の障害が発生しているものと認められるから、右疼痛を理由とする神経症状は、自賠法施行令の一四級一〇号に該当すると認定するのが相当である。

四  被告の主張に対する認否

1  原告は、平成元年五月二四日、被告から金五〇万円の支払を受けたことは認めるが、この金五〇万円は抜釘術を受けるについての諸費用、慰藉料、手術の間の休業損害として受領したものである。

2  同2の事実は否認し、その主張は争う。

3  同3の事実は否認し、その主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告主張の請求原因1の事実と同2の事実及び主張はいずれも当事者間に争いがないから、被告は、原告に対し、民法七〇九条により、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき義務を負うべきである。

二  そこで、原告の負つた傷害の内容・程度、治療経過、後遺障害の内容・程度等について判断するに、原告主張の請求原因3の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いない乙第二、三号証と原告本人尋問の結果によれば、原告には、平成元年四月二〇日の時点において、〈1〉左膝の曲りが悪く、正座ができない、〈2〉左足首が固く、走ることが不能であるうえ、階段の昇降時に痛みを伴う、〈3〉左手首に力を入れると痛みが伴う、〈4〉臀部に長さ一〇センチルメートルの手術創瘢痕があり、左側を下にして横臥すると痛みを伴う、〈5〉左足首の踝が欠損しているため靴をはくと痛みを伴う、などの後遺障害を残して症状が固定し、その後右症状が改善しないし軽快していないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  進んで、原告の後遺障害に伴う損害等について判断する。

1  逸失利益

成立に争いない甲第六号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四二年三月二七日生れであり、静岡県立榛原高校を二年で中退した後、静岡県榛原郡榛原町静波の玩具店「ハメーマツク」に勤務し、本件事故当時一か月約金一四万の収入を得ていたが、本件事故により負つた傷害の治療のため入・通院を余儀なくされ、右玩具店を退職したこと、そして、原告は、平成元年一二月から藤枝市内の江崎書店に臨時社員として勤めるようになり、一日金四〇〇〇円の収入を得ることができることになつており、将来も右書店に勤めることを希望していることが認められ、弁論の全趣旨によれば、原告が右書店の正社員となり、かつ、長く勤めを継続すれば、今後相当額の収入の増加が見込まれることが推認される。

右認定の原告の学歴、職業、収入、事故後の収入減の割合と前記二に認定した原告の後遺障害の内容・程度等を総合勘案すると、原告の逸失利益については、昭和六二年賃金センサス男子労働者の学歴計の満二二歳に相当する平均年収額金二五六万七五〇〇円を基礎とし、満二二歳から満六七歳までの四五年間にわたつて平均一四パーセント程度の収入減があるものと算定するのが相当であるから、ライプニツツ方式により中間利息を控除して原告の逸失利益を算定すると、その額は、次の算式のとおり合計金六三八万八八六四円(一円未満切捨)となる。

二五六万七五〇〇円×〇・一四×一七・七七四≒六三八万八八六四円

2  慰藉料

原告の前記二に認定の後遺障害の内容・程度等の諸事情に鑑みれば、原告の後遺障害に対する慰藉料としては、金二四〇万円をもつて相当と認める。

3  過失相殺

被告の過失相殺の主張について判断するに、成立に争いない甲第四ないし第七号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、自動二輪車を運転して本件交差点に差しかかつた際、交差道路左方から被告運転の自動車が走行してくるのを発見したのであるが、自己の走行道路が優先道路であるため、被告の方がいつたん停止して自己の通過を待つてくれるものと軽信し、何ら減速などの措置をとることもなく、時速約五〇ないし六〇キロメートルの速度(制限速度四〇キロメートル)で右交差点を通過しようとしたことが認められ、右認定に反する原告本人の供述部分は措信できない。

右認定の事実によれば、原告にも過失があるというべく、右1及び2の損害額から一割を減額するのが相当である。

4  弁済

更に、被告の弁済の主張について判断するに、原告は、平成元年五月二四日、被告から金五〇万円の支払を受けたことが認められるが、成立に争いない甲第八号証と原告本人尋問の結果によれば、それは、原告が平成元年四月一日から同月五日まで焼津市立総合病院に入院して抜釘術を受けた際の諸費用、慰藉料、休業損害、見舞金として支払われたものと認めるのが相当であるから、本訴請求の損害金から控除すべきものではないというべく、被告の右主張は、採用の限りではない。

5  弁護士費用

本件事案の内容、認容額その他諸般の事情を総合すれば、弁護士費用の損害としては金七〇万円をもつて相当と認める。

四  よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、逸失利益金六三八万八八六四円と慰藉料金二四〇万円の合計金八七八万八八六四円の九割に相当する金七九〇万九九七七円(一円未満切捨)と弁護士費用金七〇万円の合計金八六〇万九九七七円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年六月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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